「辛い」と思ったことはないほど仕事好き。副リーダーの板倉翼が未来に残したい、想いを形にするケアとは


 

こんにちは! あきた創生マネジメント代表の阿波野升壱(あわの しょういち)です。

2020年になり、早くも1か月が過ぎましたね。今年の秋田は雪があまり降ることなく、春を迎えようとしています。嬉しいことではあると思いつつ、お祭りが中止になったり、スキー場が1月末で営業を中止するなど、少し寂しいような気持ちもしています。

さて、今年最初のスタッフブログでは、副リーダーの板倉翼(いたくら つばさ)を紹介します。開設当初から施設を支えてくれ、入社7年目となる翼は地元の高校卒業してから資格も経験もない中で入社をしてくれました。

私との出会いは、私が翼のおじいちゃんの担当ケアマネをしていた当時、何度も自宅に行く中で、おばあちゃんから「うちの孫が介護に興味があって、就職も介護施設に希望しているので、なんとか面倒見てくれない?」と相談を受けたことが始まりです。

その後、直接本人と会い、いろいろと話をしていく中で翼のらしさである「家族へ優しさ」と私の視点に「気付く力」、そして天性の「マイペースさ」を知ることができ、採用にいたりました。そんな人柄に、私自身可能性を感じました。まだまだ、フワフワしているところも多々ありますが、それも成長の過程として見守っていきたいと思っています。

父親の代わりをしてくれた、祖父への思い

初めまして。ショートステイ輪で介護をしている板倉翼です。高校を卒業してから今の会社に勤めており、今年で27歳になります。出身は「じゅんさい」で有名な森岳(※私はじゅんさいが食べれません)で、今は結婚して能代に住んでいます。趣味は渓流釣りで、4〜9月の休みはほとんど県北の山々に行っています。冬はスノボーをしています。とにかくアウトドアが大好きで、自然が沢山ある秋田を満喫しています。

私が介護という仕事に興味を持ったのは、祖父の影響が大きいです。小学校のときに父が病気で亡くなり、寂しい思いをさせないようにと愛情を注いでくれたのが祖父でした。部活動の大会や練習試合は必ず見に来てくれて、いつもビデオで撮影してくれました。その映像に、祖父が興奮して「がんばれー!ほらっ負げるな!」というような応援の声が入ってるのですが、食卓でその場面が流れると恥ずかしそうにしていたのが印象に残っています。

また、小さいときには港に停泊してる船を見るために、海にもよく連れて行ってもらいました。もともと祖父は北海道出身で、漁師をやっていたそうなので海が大好きだったので。今でもドライブするときは、祖父と見に行った港に船を見に行くことがあります。

そんな祖父が中学最後のバスケの大会が終わった後に自宅で倒れ、そこから施設と自宅での介護生活が始まりました。自宅では主に祖母が介護をしていました。夜中に何度も起こされたり、オムツ交換や清拭をしたりなど……本当に大変な思いをしたと思います。自分もじいちゃん子だったので面倒をみたかったし、少しでも祖母を楽させたいなと思いました。

しかし、当時は照れや恥ずかしいという気持ちがありました。介護について無知だったので「こんな俺が携わっていいのか」とか「下手にやって体調が悪化したらどうしようか」とか。今思うと、本当にくだらないことばかり考えていましたね。もっと触れ合っておけば良かったと今は後悔していますし、あの時の自分に「大馬鹿野郎」と言ってやりたいです。

祖母が介護をしていたとき、ケアマネとして祖父を支えてくれたのが代表でした。祖父が具合悪くなると夜中でも自宅に駆けつけてくれるなど、今思うと本当にお世話になったと思います。そんな代表に「施設を作るから、一緒にやらないか?」と声をかけてもらったのが、私が介護施設で働くきっかけとなりました。もともと動物が好きだったのでペットトリマーにも興味があったのですが、祖父のこともあってお年寄りが好きだったのもあり、「新しい施設だし、やってみるか」といった気持ちだったと思います。

「利用者様の想いを形にする」のも介護者としての役割

高校時代に色んな介護施設へインターンシップに行き、入浴後に髪を乾かしたり、入居者様のお話相手をしたりという経験はあったのですが、いざ働いてみると最初はオムツ交換やシーツ交換なども全くできませんでした。思っていたよりも難しく、最初はスタッフをモデルに何回もオムツ交換の練習をしていましたが、そんなこんなで働いてから8年の月日がたっていました。

今考えてみると、介護という仕事が本当に好きなんだと思います。周囲からは「よくやるね」とか「オムツ交換とか絶対に無理」と言われることがあります。しかし、お年寄りが好きだから、全然苦に感じたことがないんです。仕事をしていて辛いと思ったこともほとんどありません。しいて挙げるならば、夜寝てくれてない利用者様がいたときは大変でした。

今となって良い思い出ですが、夜勤を初めてすぐのころ、夜全く寝ずに歩き回る認知症のお爺さんがいたんです。その方は夜中に他の居室に入っていき、大きい声で「おはようございます」と言いながら全居室を訪ねていました。こちらが止めようとすると噛み付いてきたり、殴りかきってきたり……あの時は本当に大変でしたね。

当初は認知症の知識も浅はかで対応が全くできていませんでした。でも勉強していくにつれて、慣れというのもおかしいですけど、認知症の利用者様の言行動に対して対応できるようになっていきました。今ではどんな利用者様も見れる自信がありますね。

介護は人とのコミュニケーションがメインの仕事なので、利用者様とおかしい話をして笑ったり、一緒に悲しんだりする中で、その思いを引き出していくことに楽しさを感じます。もちろん全て引き出せる訳ではないですし、見落とす所もまだまだあります。

ただ日常的に利用者様とコミュニケーションを取っていると自然と信頼関係ができ。ケアする際もお互い気持ちよくできます。利用者様との信頼関係を築くことに仕事の充実さを感じます。人生の大先輩方と過ごす時間はかけがえのない大切な時間ですから。

また、この仕事で自分が1番実感したのが人に感謝する気持ちが強くなったことです。忙しい時には、利用者様から「大変でしょ、少し休んだら?」といったお声がけをいただくことがたくさんあります。利用者様の「あれ食べたい」「あそこに行きたい」という希望には、スタッフのみんなが協力してくれて、叶えられたことが沢山あるからです。

特に印象的だったのは、「寿司食いてな。よくかっぱ寿司に食いにいったもんだ」と、私の顔を見るたびにその話をしてくれてた利用者様との思い出です。「どうにかして連れて行ってあげたい」と思い、管理者や相談員、医務や周りのスタッフに相談したところ、みんな快く「行ってこい」って言ってくれたんです。ただ外食に行くと言っても誰が付き添うのか、「予算」「何人で行くのか」「何時に行くのか」「ご家族への説明」など色々な課題があります。そうした課題に対しても、みんなが協力してくれ、実行に移すことができました。食べたいものを食べているときの利用者様の笑顔は、本当に素敵でしたね。

利用者様も自分たちと同じように、食べたい物があるし行きたいところがある。ただそれが介護というフィルターを通すと危険だからとか、何かあったらどうするのとか……そういう理由でできなくなってしまう現状があります。でも、「それって違うんじゃない?」と思うんです。利用者様も自分達と同じなんです。介護はもちろんお世話をするのが仕事ですが、「利用者様の想いを形にする」のも介護者としての役割なのではないかと思っています。

今後も、私たちの施設に来るおじいちゃん、おばあちゃん達の想いは可能な限り実現させていきたいです。そのためにも、これから入る若い子達にしっかりと自分達の介護を伝えて残していかなければいけません。2025年問題や人材不足が盛んに言われていますが、若い人材に選んでもらう施設になるためにも、施設側から発信をしたり、現場を見てもらう機会を作ったりしなければいけません。今すぐには解決できない問題ですが、貢献できるよう自分自身がより成長していきたいです。

お知らせ
あきた創生マネジメントでは、Sketter福祉留学、仕事旅行社といったサービスを通して介護や地域づくりを気軽に体験できる機会を作っています。興味のある方は、ぜひお問い合わせください!

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